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僕の中のエレーン
歳をとると古い記憶が蘇るのだなと。
そんな若き日の思い出にふけっています。

もう半年も経つのかと思うのだが、正月早々に生きていもいいですか?で少し触れた中島みゆきの曲「エレーン」
自分の心の中にも、そのエレーンがいるのを、ふと思い出した。
きっかけは実家からの連絡で、「英文葉書が来ている」と言う事で、昔の友人が互いに×2で結婚しました葉書らしく、その話を聞いて自分の中のエレーンを思い出した。

ちなみに、どこで知ったかは覚えていないが、曲のエレーンの元々の話は中島みゆきが昔住んでいたアパートにいた外国人売春婦で、雨のコインランドリーで会った彼女は「突然の雨で…」とスッピンの彼女に会い、その時の笑顔が悲しくも美しく、そして数日後に全裸でゴミ捨て場に遺棄された死体が見つかった、そして新聞には数行の記事と事件は迷宮入りと言う話だった。

自分の中のエレーンは今どうしているかは知らない、だから実名ではなく彼女にはエレーンと言う名前の方が印象深いし、もしかしたらVIPになっている可能性もあるのでエレーンとしておく。

エレーンとの出会いは何かのパーティーだった。
自分のいたユタ州はモルモン教の盛んな地域で、私の様に喫煙・飲酒の常習者は低く見られる、が…それは結構表向きで好奇心旺盛な若者は常習ではないだけで、盛り上がる時には、ここぞとばかりに酒も呑むのであるが、そんな屋外パーティーの隅の方に彼女を見つけた。
アジア系の顔立ちと質素で地味だが気品のある雰囲気をかもし出していたのを覚えている。
酔った勢いもあり、ロクに英語も話せないのに何かを話しかけたのが出会いであった。
それから数度会ったが、挨拶をする程度だった。

それから日も経ち、日本に帰る日が近付いて、お別れ会ではないが友人達と街のバーでミラービールを夜中まで呑んでいた。
そして、友人達と別れ、日本だったらラーメンか茶漬けでも食べたいのだが、そんな物はないので代わりにホットドッグでも食べようと、普段なら絶対に夜は通らない怪しい通りを近道なのと、その通りには深夜までやっているホットドック屋(と言う訳ではないが売っていた)で、買って帰ろうと思っていた。
その通りは、噂通り比較的治安の良いと言われる地域であっても怪しい雰囲気であったが、酔った勢いと当時はボクシングもやっていたので好奇心混じりに行った。(本当に危険なのでマネしないように)

そして、通りの途中に差し掛かった時に、私はエレーンと出会ってしまった。
普段とは全く違う厚化粧に下品なドレスで売春婦にしか見えなかった。
なんか、70年代の子供の頃に見た米ドラマを思い出した。
エレーンは目を会わせるなり避けるとも見るともしない態度で、私も見てはいけない物を見てしまった感じで見るような見ないような態度になってしまった。
それを無視するのも優しさだったのかも知れないが、思わず「やぁ、こんな処で何してるの?」と、明らかに買ってくれる男を待っているエレーンに声をかけてしまった。
彼女は気まずそうに「ちょっと…」と下を向いた。
私は何か話さねばと「そこでホットドックを食べようと思っているんだ。一緒にどう?」と、ナンパな様な事を話かけてしまったが、エレーンは意外にも首を縦に振った。

そこからエレーンとホットドックとコーヒーを買い、河の側のベンチに座った。
行った事はないが、セーヌ川を思わせるように樹木の並んだ綺麗な川並はライトアップされて更に綺麗だった。
無言の間が続き、何かを話さねばと思うが頭の中はパニくっている時、エレーンの方から「もう少しで国に帰るのでしょ?」と聞かれた。なぜ私の帰国をを知っているのかと言うよりも会話の突破口が見つかったのに安心したのが本音だった。
私は「あぁ」と答えるとエレーンは「あなたは韓国人?中国人?」と聞かれ、笑いながら「違うよ、日本人だよ」と答えた。
「そう、日本人なの。私の友達も日本に行ったはずだけど、日本ってどんな国なの?」と聞かれ、「平和ボケした国だよ、自由で無責任な国かな」と答えた、正直言えば、自分の国がどんな国と聞かれても答えようがない自分だった。
「そう、平和なのね…」とエレーンは私の方を見て微笑んだ。
その時の彼女の微笑みは中島みゆきのエレーンのモデルの話を読んだ時に思い出された微笑だった。
「エレーンの国は…」と聞きかけた時、それを打ち消すかのようにエレーンは「私はもう戻る所ないから…多分、これからも…」と地を見下げて呟いていた。

返す言葉もなく再び無言の時間になってしまった。
そして彼女が「そろそろ行かないと」と言って立ち上がり、自分も立ち上がった。
私は手を差し出し、エレーンの手を握りながら「大丈夫、辛い分だけ幸せが待っているから…」と正しく話せたかどうかは分からないが、エレーンは「ありがとう」と言いながら手を離し、私の両肩に手を乗せ頬にキスをしながら耳元で「Good luck」と囁いた。
私には分からない、社交辞令の別れの挨拶なのか応援なのか幸せを祈ってくれているのか、そしてエレーンは軽く手を振り再び夜の街の方へと帰って行った。
その後姿に、心の底から幸せになって欲しいと願った。

それから数日して、2回目のお別れ会をする事になりエレーンの真実を知った。
エレーンを不幸と思う話と蔑視する話だった。
エレーンは難民であり、迫害から命からがら家族で国から脱出したが、途中で母は亡くなったらしい。そして父は祖国では優秀な人物だったらしいが、全く英語はできず、それはどこの国でも同じで言葉の通じない国では職につくのもやっとだったらしいが、仕事中の事故で足が不自由となり働きたくとも働けなくなり、エレーンは生活費と弟と自分の学費を稼ぐ為に売春婦となったと言う事。
そして、エレーンは$30なら手で$50なら口で$100なら何でもする安い女さと言う事。

彼女は一体、何を背負って生きているのだろうか?
戻る所はないと言った彼女の言葉の重みは、そしてこれからもと言った彼女は…
そんな事を考えている私は、みなから別れを惜しんでいるかの様に見えたらしく、「もっと明るく楽しめよ」と言われる始末だったが、何かしら理由をつけて酒を呑んでいるお前に何が解かる!と言いたい気持ちと、自分の国が平和ボケとしか言えない様な自分勝手な自分に何が解かるんだと、とジレンマに襲われていた。
その頃、日本では地下鉄サリン事件が起こっていたのも遠い国の事件としか思っていなかった私も平和ボケとも知らずに。
その日は、いつもの道で帰った。

あれから十数年の年月が経った。
僕の中のエレーンはどうしているだろうか?
幸せな家庭でも築けただろうか?
それともあの通りにまだいるのだろうか?

ただ、世界中どこでも行くお日様の下で、
少なくとも笑っていてほしい。
あの日の微笑み以上の笑顔で…。

そんな事を思い出した、休みの夜更けでした。
author:Muck!, category:ひとり言, 01:11
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Comment
僕はエレーンの歌詞を調べようとして偶然このページを開きました。
深い感銘、もとい衝撃を受けました。
僕の沈んでいた心を奈落の底に突き落とすかのようなこのエピソードは、恐らく一生忘れません...
ジョン・ドゥ, 2010/05/19 8:56 PM









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